二階堂ふみの出身や本名は?胸が◯カップの衝撃ベッドシーンを公開!
あの人気女優が遂に脱いだ!!
高い演技力で評判の二階堂ふみが、主演映画で大胆な濡れ場を披露したようです。
そんな彼女がフルヌードに挑戦した理由は、これまでの女優人生に隠されていました。
そこで今回は、二階堂ふみの生い立ちからセクシーショットに挑戦するまでに追ります!
バストを披露するも、映画が大コケ!沢尻エリカとの格差はやはり胸だった!?
目次
二階堂ふみの出身や本名は?デビューから現在までに迫る!
伝説のマンガ『翔んで埼玉』の実写版が公開後、興行収入30億円を突破の大ヒット!
ご存知の方も多いでしょうが、埼玉が舞台となる本作は、埼玉をディスりまくる“ご当地自虐映画”です。
伊勢谷友介や麻生久美子、益若つばさ、島崎遥香、成田凌、中尾彰など…本物の埼玉県民がキャストとして集結し、話題となりました。
そして、W主演のGACKTと二階堂ふみも埼玉県出身…と思いきや、はるばる離れて沖縄県出身なんだとか。
埼玉出身でないとはいえ、映画『翔んで埼玉』は彼らの代表作になったに違いないはず!
そこで、二階堂ふみは埼玉県へ関するインタビューに対し、
「もちろん、埼玉が素晴らしい場所であるということは、この映画に出演する前から知っていたんですけど…」
と言葉を濁しながら、
「もう今日で、ちょっと区切りを付けて、今後は沖縄のほうにも力を注いでいかなきゃきゃなと思っています」
と、郷土愛を垣間見せました。
では始めに、二階堂ふみの生い立ちについてご紹介します。
二階堂ふみの本名は二階堂ふみだった!沖縄県のどこ出身?学歴は?
1994年9月21日、沖縄県那覇市で生まれた二階堂ふみ。
いかにも芸名のような名前ですが、「二階堂ふみ」は正真正銘の本名です。
母親が沖縄県出身、父親は東京出身の方で、今も実家は沖縄県那覇市にあるようです。
3歳の頃からヴァイオリンを始め、他にも英会話や空手など、幼少期の頃は多方面に習い事をされていたとか。ひとりっ子として大切に育てられたのでしょうね^^
出身小学校は、地元那覇市にある「市立神原小学校」。
順風満帆な子供時代と思いきや、二階堂ふみが10代前半の頃に両親が離婚。その後は母親に引き取られ、地元で母親と一緒に暮らしていたそうです。
2018年放送の『徹子の部屋』に二階堂ふみが出演した時、自身の両親について以下のように語っていました。
「両親の離婚による精神的ダメージはなくなってはいないものの、それぞれが幸せに暮らしているのを見て、少しずつ前向きな気持ちになれてる」
出典:mkafi.com
大人になった今は、両親の離婚を受け入れたものの、その当時は寂しかったのでしょうね…。
とはいえ、彼女にとって転機が訪れたのもこの頃なんです。
当時12歳、沖縄のフリーペーパー『沖縄美少女図鑑』でグラビアデビューをしたところ、マネージャーの目に留まり、沖縄までスカウトに赴き芸能界デビュー!
実は映画好きの母親の影響で、子供の頃から映画女優を目指していたという二階堂ふみ。そんな彼女にとって、これは絶好の機会でした。
デビュー後は、ティーンファッション雑誌『ニコラ』の専属モデルに抜擢!
同雑誌の出身の女優といえば、新垣結衣や川口春奈が有名ですよね♪
2007年にドラマデビュー、2009年には念願の映画デビューを果たします。しかも、ヒロインで出演!
その頃、通っていた中学は地元沖縄県にある「市立神原中学校」。
当時は沖縄と東京を往復する日々でしたが、高校進学を機に上京。女優業を本格化させます。
上京後、通っていた高校は「東京都立八潮高等学校」。偏差値は46前後。
高校の校則が厳しかったようで、二階堂ふみはルールを変えるために生徒会に入ったようです。
なんでもピンクのカーディガンが着たかったんだとか。
不純な動機なものの積極的に生徒会活動を頑張ってたといい、可愛いエピソードですね(笑)
他にも「どんな高校生でしたか?」というインタビューに対し、
「ごくふつうの高校生でした。学校は楽しかったです。友達がたくさんいたし、毎日たくさん遊んでいたし。仕事を始めたのが12歳で、しかも父は東京の人なので、『沖縄から出てきて東京で高校生になった』というのとは、またちょっと違う感覚でした。」
と発言。高校時代は友達にも恵まれてようで、今でも高校の頃の友達とは仲がいいんだとか。
ただ、高校生の頃は上京したてだったため貧乏生活だったとも告白!お世辞にも快適な一人暮らしではなかったようです。
確かに、高校時代の画像を見ても頬が痩せてますよね…。
とにかくお金が無かった彼女は、主食が白米ではなく芋!
友達が遊びに来る時は、入場料と称して米2合を徴収していたそう。友達に恵まれてたといエピソードにも納得です(笑)
そんな中、高校2年生の時に映画『ヒミズ』の主演が決まり、一気に追い風となります。
新人女優とは思えない程の力強い演技が評価され『ベネチア国際映画祭』の“最優秀新人賞”を受賞!
勢いは止まらず、その後も多数のドラマ映画に出演が決定!
そのまま女優一本でやっていくと思いきや、まさかの大学進学を希望したのです。
ただ、当時のスケジュールは1年に映画3本にドラマ出演と超多忙だった二階堂ふみ。やはり受験勉強をする時間が取れず、現役での大学受験は断念。
しかし、熱心な人柄から撮影現場に参考書を持っていき暇さえあれば勉強をしていたようです。
その努力の甲斐あって、2014年一浪で慶応義塾大学総合政策学部にAO入試で見事合格!なんと、偏差値72の難関校です!
ちなみに、ミュージシャンの水曜日のカンパネラのコムアイは出身大学の先輩。同じキャンパスだったことから、互いに大学で見かけたこともあったそう。
それにしても超人気校の慶應義塾大学となれば、AO入試とはいえ難易度が高いはず…。
とはいえ、問題なのは周囲に勉強がついていけるかという事。
進学したのはいいものの、慶応義塾大学は進級に厳しいことでも有名。当然ながら、単位不足だと進級できません。
大学についてのインタビューの際に彼女は、
「同級生はもう卒業して、私は(一浪して)遅れているので頑張らなきゃなと思っています」
と語ると共に「必ず卒業する」と断言!
同世代の大学生より確実に多忙な日々を過ごしてるであろう二階堂ふみ。
彼女は仕事の忙しさを言い訳にせず、それどころか卒業を断言するとは凄い…。どれだけ努力家なのでしょうか。
この宣言通り大学を卒業。現在は女優一本で活躍中の彼女ですが、なんと過激な演技にも挑戦してるようです。
二階堂ふみのカップサイズは?驚きの濡れ場シーンを公開!
さて、ここから本題になりますが、二階堂ふみのカップがヤバイんです。
何がヤバイかというと、その豊満なバストを惜しげも無く披露されてるんです!
まずは、コチラの画像をご覧ください。
衣装を着てても、胸が大きいことがわかりますよね。
気になるカップサイズは、D〜Eカップと推測されます。
そして、この胸を武器に演技で勝負されるようです。
これからお伝えする映画を見れば、そのリアルな生態がお分かりになるはずです。
二階堂ふみの特選映画その1:映画『私の男』
2014年公開の映画『私の男』は、いびつで閉鎖的な親子関係を描いた物語。父親役が浅野忠信、娘役は二階堂ふみが演じました。
ドロドロの家族愛は、世間の倫理や一般論からすれば非難すべき関係。
しかし、それがどんなに禁断なものだとしても、この2人の世界には関係がないのです。
鬱屈する父娘の関係性に、ネガティブな評判が多い本作。しかし、その壮絶な肉体関係はエロスを超えた芸術との声も……。
二階堂ふみの特選映画その2:映画『この国の空』
2015年公開の映画『この国の空』では、戦前から終戦後の日本を生き抜いたヒロインを演じた二階堂ふみ。
メガホンを取るのは『さよなら歌舞伎町』など独特な世界観に定評のある荒井晴彦監督だけあって、撮影現場は終始ピリピリムードだったとか。
この作品の凄いところは、戦争がテーマなのに、誰も死なず兵隊も出ないこと。これほど地味な戦争映画はかつてあったものか…。
隠れた見所は、なんと言っても二階堂ふみの入浴シーン。かなり思いきった演出が盛り込まれています。
一説によると、最初は「つけわき毛」を拒否してた二階堂ふみがOKしたのは、同世代の女優・門脇麦へのライバル心からという噂もあるとか。
二階堂ふみの特選映画その3:映画『リバーズ・エッジ』
2018年公開の映画『リバーズ・エッジ』は、岡崎京子のマンガ原作の実写化作品です。
どこにでもいる普通の女子高生を演じる主人公の二階堂ふみ。
そんな彼女が恋したのは、死体を見つめることで心の安らぎを得るという常人には理解し難い感性を持つ青年でした。
繊細さとあやうさを描いた芸術性の持つ本作品は、作品のテーマ性以上に注目されたのが、二階堂ふみの胸が露わになった性交シーン。しかも、二度も…。
同作品の原作者・岡崎京子は、沢尻エリカ主演の映画『ヘルタースケルター』でもお馴染みの人気漫画家です。
監督を務めたのは映画『世界の中心で、愛をさけぶ』などのヒット作で知られる行定勲氏。
この2人がタックを組み、完成された映画『リバーズ・エッジ』。
二階堂ふみのセクシーショットは大々的に打ってなかったものの、隠れた見所のようです。
「出演作でちょくちょく下着姿になり、今年の『プレイボーイ』誌でバニーガールになったりと、二階堂は若手ながら“脱げる女優”ではありました。とはいえ、胸を“すべて”見せたのは、これが初なんです」(芸能記者)
NGだったフルヌードを解禁した二階堂ふみ。あの人気女優となれば、多くの人たちが興味を持つことでしょう。
二階堂ふみ自身もかなりの意気込みで臨んだものの……しかし、結果は目も当てられないほどの大コケ。
「余裕でベスト10圏外。このままでは打ち切りまでに1億円にも到達しないでしょう」(CD&DVD専門誌記者)
まさかのフルヌードが安売りとなる事態に。
しかし!岡崎京子原作の映画『ヘルター・スケルター』といえば、公開直後こそ反応は鈍かったものの、口コミで人気が広まり、最終的に20億円を超える大ヒットを記録したんです。
…となれば、二階堂ふみも後半に巻き返すと思いきや、現実は厳しいものでした。
「厳しいでしょう。ネット上では『沢尻と二階堂のバストトップの差』ともヤユされています。確かに『ヘルター──』は公開後に沢尻の一糸まとわぬ姿の美しさと形のいいバスト、そして絶妙にピンク色でほどよい大きさの“輪っか”も話題となり、男性はもとより“キレイなもの好き”の女子がどんどん観に行きました。
出典:ameblo.jpそれに比べ、二階堂は過去にも脱いでいますし、残念ながらバストトップは男も女もあまり憧れない、バストのサイズに比べてトップの輪っかが小さすぎるあのタイプですよ。もちろん、それが敗因というのは極論ですが、観客が女優に魅力を感じていないかもしれないという推測は当たらずも遠からずと言えそうです」(週刊誌記者)
そもそも、二階堂ふみはなぜNGだったヌードに挑戦したのでしょうか?
二階堂ふみがヌードに挑戦した理由
「確かに彼女は僕の作品で初めて脱いだのですが、あの映画はあくまでも彼女自身の企画だったのです。彼女が岡崎京子の原作に惚れ込み、『監督をしてくださいませんか』と僕に声をかけてくれました。」
こう語るのは、映画『リバーズ・エッジ』の監督を務めた行定勲氏。
彼が言うに、二階堂ふみの“体当たり”演技は「この時期にしかできないチャレンジだった」といいます。
同作品での役柄は、主人公の高校生。当時23歳の彼女が演じるには、年齢的に限界がきていました。
これがラストチャンと思い、後悔のない作品にしたいという気持ちが強かったのでしょう。
行定勲氏といえば、これまで長澤まさみや麻生久美子、竹内結子、有村架純など人気女優を撮ってきた有名な監督です。
そんな彼が、二階堂ふみのヌードには「彼女なりの覚悟ゆえの必然」を感じたといいます。
ただ、そんな彼の言動こそが、彼女にヌードを決意させた要因ともなったようです。
「『リバーズ~』は、土居志央梨(25)や浅野忠信の娘・SUMIRE(22)といった、彼女と同世代の出演陣が脇を固めています。もちろん、役者としては二階堂の方が売れっ子ではありますが、現場で行定監督はこの2人を大絶賛していたんです。
二階堂は数々の映画やドラマに出演してきたものの、15年に『私の男』で日本アカデミー優秀主演女優賞を獲って以降、賞レースからは遠ざかっているんです。そんな折に目の前で褒められている女優がいたわけですから、『このままでいいのか』と思い悩んだというんですよ。それまでNGだったヌードを解禁したのも、文字通り裸一貫、女優としてやっていく覚悟を見せるためだそうですよ」(映画関係者)
現在20代半ばに差し掛かり、女優としても女としても脂が乗った彼女に、需要がないわけがない。
かつて週刊誌にて、セミヌードを披露した二階堂ふみ。
それ以降、週刊誌サイドでは「最も脱がせたい女優」であることに違いありません。
どんな役にも果敢に挑む姿勢は、大物女優としての片鱗を覗かせるほど…。女として溢れ出る魅力で、今後も体当たりな演技に期待です。
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