青山テルマの本名はじゅり!?ハーフ説や出身高校も!父親が逮捕の壮絶な生い立ちとは?
2008年リリース『そばにいるね feat. SoulJa』で一躍脚光を浴びた青山テルマ。
このCDタイトルを聞くと、懐かしいと感じる人は多いでしょう。
その当時、若者の中で大流行し、幸先のいいデビューと思われた青山テルマでしたが、その後の音楽活動は鳴かず飛ばず、、
挙げ句の果てに「一発屋」という異名さえついてしまった彼女ですが、2016年のバラエティ番組出演を皮切りに、再び人気が急上昇!
そこで今回は、青山テルマのハーフ説や出身、本名、そして学歴などから、彼女の生い立ちについてお伝えしていきます。
調べを進めていくにつれ、複雑な家庭事情であることも判明!父親が犯罪で逮捕されていた!?
目次
青山テルマはハーフ?意外な過去とは?
まずは、青山テルマのハーフ説について!
見た目からすると、確かにハーフのように見えますよね。
そこで、青山テルマの両親について調べてみると、
・母親は日本人
・父親方の祖父はトリニダード・トバコ人
ということが判明!
結論からいうと、ハーフではなく、トリニダード・トバゴ人と日本人のクォーターのようです。
しかしながら、トリニダード・トバコと言われても、あまりピンと来ない人も多いですよね。
地図でいうと、、
赤文字の小さな国が、トリニダード・トバコ。
島国なので人口は、130万人強と少ないですが、多人種国家である為、人種もさまざま!(アフリカ系・インド系・ラテン系など)
ということで、青山テルマの父親方の家系は、アフリカ系の方のようです。
そして、トリニダード・トバコはスポーツが盛んな国!
また、アフリカ系の方は身体能力のみならず、歌唱力の高い人も多いことから、青山テルマは父親方の血を受け継いでいるのかもしれませんね。
青山テルマの出身や本名は?
青山テルマの出身は、奈良県大和高田市。
生まれ故郷の奈良県には、小学校6年生まで過ごしていました。
幼少の頃から歌が大好きだったようで、ジャネットジャクソンが好きだったそうです。
小学生でジャネットジャクソンの良さに気付けることだけでもすごいですよね。
筆者はその頃、モーニング娘。に夢中でしたから(笑)
また、青山テルマの本名については、以前出演した『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)で告白していました!
番組内の発言によると、「青山テルマ」は本名なのですが、他に「じゅり」という日本語の名前もあるのだといいます。
ですから正式には、
「青山テルマじゅり」
と言うのが本名。
ちなみに、「テルマ」の意味は、父親方の曾祖母の名前を受け継いだもので、Thelmaとつづり、「強い意志」を表すのだそう。
名前の由来通りのイメージですよね!
そんな青山テルマは、彼氏には「じゅり」と呼ばせているのだそう。
なぜかと言うと、「テルマ」だと仕事とプライベートの切り替えができないからなのだとか。
確かに、これには納得ですね〜
「青山テルマじゅり」だからこそできる方法ではありますが(笑)
父親が逮捕された過去とは?壮絶な生い立ち
衝撃的なワードが飛び込んできました。
青山テルマの父親がまさかの犯罪歴があるというのです!
詳しく調べてみると、青山テルマの壮絶な生い立ちが判明、、
実は、彼女が2歳の頃に両親が離婚しており、現在も母親と2人暮らしなのだといいます。
父親について
話は2007年頃に遡ります。
青山テルマが2008年発売の『そばにいるね feat. SoulJa』で大ブレイクした前年のこと。
青山テルマの父親は、雇われ店長としてバーを運営していました。
そこで父親は、オーナー(マスター)に対し、バーの売り上げから家賃と利益の半分を支払うという契約を結び、店の運営をスタート!
…ところが、父親は頻繁にお客さんとトラブルを起こしていたといいます。
そのことで、マスターから叱責された父親は、マスターを逆恨みし、
「戦争や!」
と言い放ったのだとか。。
なんだか漫画にありそうな展開ですが、実際に起きた出来事のようです。
しかし問題はここから・・・
そして2007年11月には、営業中にレゲエミュージックを大音量で流して包丁を振り回す事態に!
想像するだけで地獄絵図な光景です。
不覚ながらちょっと笑えてしまいますが、、
その翌月の12月に、マスターから、
「今月の売り上げはやるから、それ持って出てけ!」
クビを言い渡されてしまい、これまでの事を謝罪したものの許してもらえず、2人は決裂。
そして、2008年1月23日 午後11時30分に犯行に及んだといいます。
マスターが経営する大阪府堺市内のレストランに、牛刀包丁を持った父親が押し入ったのです!
マスターに対し懐に忍ばせた牛刀を取り出そうとしたが、牛刀を包んでいた新聞紙にガムテープをきつく巻きすぎていたため、牛刀の一部分しか新聞紙から露出しなかったという。
(まさかの事態に)一瞬、うろたえたものの、青山テルマの実父はそのままマスターに向かって突進。
強烈なタックルを食らわせた。
目が据わった父の威嚇はなおもやまない。
「舐めたらアカンぞ!」と叫ぶや、あおむけに倒れたマスターの顔に向けて、新聞紙が巻かれたままの牛刀を振り回し続けたという。
出典:アサヒ芸能
…まさに狂気に満ちた瞬間だったことでしょう。
その後、逮捕された父親は、殺人未遂については起訴を免れたものの、脅迫と銃刀法違反で起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受けたといいます。
元々、父親とマスターは、20年来の知己だったそうで、なぜ父親はこんなむごいことが出来たのか理解出来ません、、
事件までの流れをまとめると、以下のようになります。
・以前、マスターが経営するバーで、父親は雇われ店長として勤務していた。
・父親は、バーで客と頻繁にトラブルを起こし、解雇された。
・2008年1月23日に解雇の逆恨みで、マスターへの暴力沙汰を起こす。
・刃物をもって押し入ったため、殺人未遂事件になった。
・最終的には、殺人未遂では起訴されなかったものの、脅迫と銃刀法違反で逮捕。
・2008年、執行猶予つきの有罪判決が下る。
父親は、周囲に対して、自分が青山テルマの父親であることを明かし、
「陰から応援してんねん」
と知人に話していたそう。
そして、青山テルマと会うために、借金してまで東京へ足を運んだものの、
「会わせてもらえなかった」
と娘との対面が叶わず、肩を落としていたこともあったといいます。
しかし、実際には娘を裏切るような事態を起こしてしまったというのだから、悲しいですよね。。
偶然ではあると思いますが、暴力沙汰を起こした2008年1月23日は、青山テルマの『そばにいるね feat. SoulJa』のCD発売日でした。
怒りの執念に燃えていた父親は、この時、愛する娘に迷惑を掛けるなどという思いは、頭の片隅にもなかったのでしょう。
今でこそ、ヤンキーキャラが定着している青山テルマですが、事件当初は、ラブソングを歌うシンガーソングライターであり、物静かでクールなイメージでした。
そのため、父親の起こした事件とのギャップがあまりにありすぎることから、父親の話題はタブー視されていたといいます。
「テルマに対し、実父のことを聞くのはなんとなくタブー視されていた部分はある。
でも、彼女は、父方の祖父の故郷であるトリニダード・トバゴについて、『行ったことないんで、国自体わからないんです』と笑顔で話していました。
好きな食べ物として、トリニダード料理をあげたこともありました」(スポーツ紙デスク)
複雑な家庭事情を抱えながらも、青山テルマは父親に対して、悪い感情を持っているわけではないようです。
そんな彼女は、自身を「お父さん似」だと語っているそう。
それは、顔立ちだけでなく、音楽センスまで含めてのこと。
小さい頃に別れた父親であるものの、父親の遺伝子を受け継いだことで、現在の仕事に繋がっていることから、少なからず父親には感謝しているのでしょう。
ちなみに、父親が起こした事件について、彼女はどう思っているのかと青山テルマの所属事務所に問い合わせた結果、ノーコメントだったといいます。
「もちろん、彼女にとって今回の事件は衝撃的な出来事のはず。
だが、彼女がもの心ついたころには、すでに両親は離婚しており、父親との思い出はほとんどないといいます。
恐らく父親の消息すらもわからなかったはずで、今回の騒動も寝耳に水の話だったようです」(音楽関係者)
感謝はしつつも、現在の父親の衝撃的な姿に、複雑な感情だったことはいうまでもないでしょう。
しかし、そこでネガティブにならず、直向きに芸能活動に励んだ末の現在の活躍ですから、彼女自身も「やっと報われた」というのが本音なのかもしれません。
母親について
青山テルマの母親についてですが、一般人のため詳しい情報は公開されていません。
そこで、唯一明かされている母親のエピソードをご紹介します。
青山テルマは幼い頃、肌が黒いことで周囲からイジメを受けていたといいます。
そこで、母親は、青山テルマを地元の小学校ではなく、大阪のインターナショナルスクールに往復4時間かけて通わせていたのだとか。
4時間というとかなりの時間…
片道1時間の経験はありますがそれでも毎日となればきつい。。2時間となれば小旅行感覚でしょう。
また、通学の労力だけではなく、金銭面での負担も当然家計にのしかかっていたといいます。
母子家庭であることから、家も貧しく、当時、母親は生活費や学費を稼ぐため、お弁当屋等で必死にアルバイトをしていたそうです。
娘の毎日の生活環境のためにと、母親の愛情を深く感じますね。。
しかし、母親の稼ぎだけでは学費を払い続けることが困難になり、12歳からは母娘でアメリカのロサンゼルスへ移住。
12歳から15歳までロサンゼルスで過ごしており、現地の中学校に通学。
そして、2002年に一時帰国した時に、音楽関係者から声をかけられたのだとか!
このことがきっかけで、日本でのメジャーデビューを夢見るようになり、同年冬に帰国し、拠点を東京に戻したのだといいます。
青山テルマの意外すぎる学歴!出身校は?
抜群の歌唱力で芸能界デビュー後、現在はバラエティ番組に引っ張りだこの青山テルマ。
一見頭が良さそうには見えない彼女ですが、実はトンデモナイ学歴の持ち主だったようです。
高校はどこ?
出身高校は、インターナショナルスクールのアメリカン・スクール・イン・ジャパン(以下、ASIJと表記)。
偏差値は58程度と言われています。(やや難易)
偏差値を程度と表現する理由は、インターナショナルスクールの多くは、『一斉入学試験』がなく、偏差値を算出する『標準偏差』が出せないからです。
そして、ASIJのレベルを日本の偏差値に置き換えると58程度ですが、頭の良し悪しだけが入学できる基準ではないといいます。
そうなれば、多くのインターナショナルスクールでは、何が重要視され、入学することがでしょうか?
▼学生時代の青山テルマの画像
調べによれば、学校の教育理念に家庭が共感することが重要なのだそう。
すなわち、同じ方向性で教育を考えていることが最低条件。
そのため「面接」が重視されるようです。
ここまででしたら、
「結構入りやすいのでは?」
なんて思う人もいるかもしれません。
しかし、問題はここから!
ASIJの入学が難しいと言われる理由は、いくつか存在するといいます。
例えば、
・日本在住のアメリカ人の方が優先順位が高い。
・日本人が入学を希望する場合は、本人はもとより、親の英語力も求められる。
これらの理由から、日本人が入学するのは難しいと言われています。
また、学費も年間およそ200万円程!
私立大学の学費の平均は、年間約100万円と言われていますから、平均の倍!
しかも、ASIJは高校ですからね(笑)まぁ浮世離れしているわけです。
このように、知能レベルは当然ながら、人種や親の語学力、そして経済力などのさまざまな条件が必要となってくることから、ASIJの入学が難しいと言われているのだそう。
青山テルマの場合は、日本でのメジャーデビューを目指して帰国し、16歳からASIJに進学しています。
そのため、高校3年間だけでも600万円はかかっていたはず。
母親も一人娘の青山テルマのために、精一杯の教育をさせてあげたかったのでしょう。
ちなみに、ASIJは日本初のインターナショナルスクールで、名門中の名門という存在から、著名人や有名人を数多く輩出されていることで知られています。
▼主な卒業生を以下に抜粋
・宇多田ヒカル
出典:芸能ネタのタネ・西田ひかる
・早見優
・May.J
そして、18歳の時に、青山テルマはASIJを卒業。
大学はどこ?
出身大学は、上智大学 比較文化学部。(現在は国際教養学部)
偏差値63で、やや難関と言われています。
そして、大学2年生の時、シンガーとしてメジャーデビュー。
デビュー翌年には、『ここにいるよ feat. 青山テルマ/SoulJa』がヒットし、青山テルマは大ブレイクを果たします。
そのため、大学生活の後半はかなり多忙だったはずですが、ちゃんと卒業されていますし、まさに文武両道ですね!
その後は、女性R&Bシンガーとして活動し、現在はアーティスト以外にもタレントとしてもバラエティー番組などにも出演。
バラエティ番組での姿を見ると、一見おふざけキャラのイメージが強い青山テルマですが、しっかりとした学歴を持っていることには、失礼ながら少し意外な感じもしますよね!
他にはない、ユニークなキャラクターである青山テルマ。今後の活動も注目が離せません!
まとめ
今回は、青山テルマについて調べた結果、以下のようなことがわかりました。
・ハーフではなく、トリニダード・トバゴ人と日本人のクォーターだった。
・本名は、青山テルマじゅり。
・出身は、奈良県大和高田市。
・両親は、彼女が2歳の頃に離婚をしている。
・父親は2008年に脅迫と銃刀法違反で起訴され、執行猶予付きの有罪判決が下された。
・出身高校は、インターナショナルスクールのアメリカン・スクール・イン・ジャパン。
・出身大学は、上智大学 比較文化学部。(現在は国際教養学部)
複雑な家庭環境の生い立ちや学歴など、意外な事実が多かった青山テルマ。
苦労人だった過去ではあるものの、現在はテレビで大活躍する姿に、彼女の母親も嬉しい限りでしょう。
今後も、アーティストとしての活躍はもちろん!
ユーモア溢れる発言で、私たち視聴者を楽しませてくれることに期待ですね!
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